DataGOL
Senior Vice President / Business Development
吉平 健治(Kenji Yoshihira)
Email: kenji@datagol.ai
1. 「情報を外部に置く」という発想の原点
1-1. 人間の記憶力の限界と外部記憶の登場
SECOND BRAIN(セカンドブレイン)のアイデアが広く知られるようになったのは、Evernoteなどのメモサービスが普及し始めた時期でした。人間が持つ記憶力には限界があり、また処理できる情報量には限りがあります。そこで「情報を脳から解放し、外部に置いておくことで、脳の作業領域を広げよう」という発想が生まれました。Evernoteをはじめとするメモサービスは、膨大なテキストや画像、音声などの情報を簡単に、しかもどこからでも取り出せる形で保管してくれます。
1-2. “情報の蓄積”から“情報の関連付け”へ
メモサービスが普及するにつれ、人々は大量の情報をストックできるようになりました。しかし、その「蓄積された情報」をどう活かすのかが問題になります。ただため込むだけでは役に立たず、自分が必要なときに必要な形で取り出せなければ宝の持ち腐れです。当時は「自分の代わりに覚えてくれる仕組み」が主目的でしたが、それがいわゆる「セカンドブレイン」と呼ばれるようになったのは、「脳内ではなくシステム側に関連付けや整理整頓を任せたい」という考えからでした。タグ付けや検索、AIによる関連情報の提案など、ただのメモではなく、必要な文脈に応じて情報を結び付けてくれる仕組みが「外部の脳」のように機能すると期待されたわけです。
2. 情報から知能へ:AIが変えた「人間がやるべきこと」とは
2-1. 論理的思考の外部化
近年のAI発展と生成AIの登場により、人間が「絶対に担ってきた」と思われていた論理的思考をコンピュータが実行できるようになりつつあります。かつては、データ分析や問題解決などは人間の思考力の見せどころでした。しかし、高度なアルゴリズムと大量のデータを使って、AIが迅速にかつ正確に結論を出せる局面が増えてきています。これは「情報の外部化」だけでなく、思考の外部化すら現実になりつつあることを意味します。
2-2. 創造的作業の外部化
さらに、AIが文章生成や画像生成などを行えるようになり、「創造性」すら機械に任せられる時代になりました。人間にしかできないと思われていた領域──たとえば小説執筆やアート制作など──が、AIによってある程度の質で実行できるようになっています。特に「ChatGPT」や「Stable Diffusion」などのモデルは、その成果物のインパクトから大きな話題を呼び、「自分の脳を使わずとも、AIに頼んでアイデアを形にしてもらう」ことが現実味を帯びています。
3. 「セカンドブレイン」の次に見える世界
3-1. “情報”のための思考から“意味”を探す思考へ
情報や論理的思考、さらには創造的アウトプットまでも外部に任せられるようになった今、人間が本当に担うべき役割はどこにあるのでしょうか。ひとつの方向性としては、何を考え、何に価値を見出すのかという「意味づけ」がより重要になると同時に、私たちが未来にどんな世界を構想し、そこにどう辿り着くのかを明確に描く“ビジョン設定”の力が強く求められます。
具体的には、AIが提示する膨大なデータや生成されたアイデアを活用するだけで終わるのではなく、それらを「人類が生存を超えて“躍動”するには?」「搾取や排除が当たり前の構造を、どう覆すのか?」「地球そのものを食い潰さない文明とは?」といった、いわば社会全体や惑星規模の視点で再構成し、ビジョンを描くことが必要です。
たとえば、AIは新しいプロダクトアイデアや政策案を大量に生成できるかもしれません。しかし、それが「どんな未来を創りたいのか?」という根本的な問いと結び付いていなければ、単なる使い捨てのアウトプットに終わるでしょう。逆に、私たちが「地球を“消耗品”扱いする経済を解体し、あらゆる生命が互いを補完し合うネットワーク社会を築く」「弱者を使い捨てにしない仕組みを再設計する」「人間とAIが共存し、いままで埋もれていた才能を引き上げる文明をつくる」といった明確な軸や野心的なビジョンを持っていれば、AIのアウトプットを取捨選択し、それらを“より大きな未来”へと活かしていくことができます。
こうした文脈において、私たちが本質的に問われるのは、単に「効率」や「生産性」を追うのではなく、「これからの人類社会を、どういう姿に変えていくのか?」という大きな設計思想そのものです。情報・論理・創造性といった“思考”をAIに委ねられる時代にこそ、人間は「何を目指すのか」「何を願うのか」を設定し、そこへ辿り着くための道筋を描く――いわばビジョンの舵取りが必要になってくるのです。こうした“目的設定の力”こそが、私たちがAI時代をサバイブどころか躍進するうえでの、最も根源的な武器になるでしょう。
3-2. 「AIに任せる部分」と「自分で考える部分」の境界
セカンドブレインが単なる「情報倉庫」ではなく、自分の知的作業の一部を担う「外部の脳」として機能し始めたように、これからは「自分で考える部分(内的プロセス)」と「AIに任せる部分(外的プロセス)」の境界を、状況に応じて柔軟にコントロールするスキルが必要になります。いわゆる「プロンプトエンジニアリング」や「AIを使った情報探索の方法」などは、その境界を適切に設定し、自分の思考やアイデアを最大化するための手段となります。人間側がどのように「AIからのアウトプットを解釈し、判断し、再構成するか」が鍵を握ると言えるでしょう。
これまでの議論をまとめると、AIの飛躍的な進化により、私たちはかつて人間の手と頭でしか成し得ないと思っていた論理的・創造的作業を、どこまで外部化(アウトソース)できるかという問いに私たちは直面しているといえるでしょう。しかし、本当に問われているのは「どこからどこまでをAIに任せ、どこを人間が担うのか」という表面的な線引きではありません。むしろ人類とAIが手を携え、地球規模の課題にどう立ち向かうかという、より大きな視点に立った“役割分担”が不可欠になっていると思います。
私たちが抱える問題は、気候変動や限られた資源への対応、世界規模の格差など、一国や一企業の単位では解決が難しいほど複雑かつ深刻です。このような課題を前にしたとき、AIの膨大な処理能力や新たな洞察を生み出す力と、人間の直感的判断力や共感・倫理観とをどう組み合わせていくかは、もはや「単なるテクノロジーの使い分け」の問題にとどまりません。そこには「地球全体が生き延び、さらに豊かに飛躍していくには、何を優先すべきか」というビジョンが各人に求められます。
たとえば、AIは環境モニタリングやデータ解析を通じて、地球環境の変動や人々の行動を数値的かつスピーディに把握できます。一方で、その数値や予測をどう読み解き、どんな行動指針へと転換するかを最終的に決めるためには、さまざまな立場の利害や価値観を考慮し、合意を形成するプロセスが必要です。このとき、AIが提供する予測や提案を十分に活かしながらも、各主体の声や社会の文脈を踏まえてシステムを実際に変革していくためには、幅広い視点と柔軟な判断が不可欠になります。
こうした観点に立つと、「AIに任せる部分」と「人が考える部分」の境界は、そもそも固定されたものではなく、人類がどんな未来を思い描き、どこまでAIと協働する覚悟があるのかによって絶えず変化し続けると言えます。最終的に、私たちがAIと共に切り拓く未来が、人間同士はもちろん、地球上のあらゆる存在とどう共存できるかにかかっている以上、その境界は絶えず再定義されていくでしょう。
4. AIと人間が共に進むために
4-1. “やらなくていい仕事”と“やりたい仕事”
すでに情報収集から文章生成、デザイン案の提示など、多岐にわたるタスクをAIがこなせる時代です。「やらなくていい仕事」は増えるでしょう。その一方で、「やりたい仕事」に人間が時間を割けるようになる可能性もあります。ここで問題になってくるのは、人間が「何に喜びややりがいを感じるか」です。仕事という存在理由は経済面だけでなく、コミュニティや自己実現とも関わっています。「AIに代替されて暇になった」という社会が、必ずしも理想的とは限りません。人間にとっての幸福や達成感が、今後の大きなテーマとなるでしょう。
4-2. “意識”や“存在意義”はどこに向かうのか
論理的思考や創造性の外部化が進むと、極端な見方をすれば、「人間がやらなくてはいけないことは何もない」となるかもしれません。しかし、私たちは「考える存在」である以前に「感じる存在」でもあります。私たち独自の意識、情動、社会的なつながりこそが、人間の本質を支えています。
たとえテクノロジーがあらゆる実務やクリエイティブ作業を担うようになったとしても、それだけで世界の課題が自動的に解決するわけではありません。新たに生み出される膨大なイノベーションや知見を、社会全体でどう受けとめ、どのような価値を育んでいくのか――その視点を見失えば、地球規模の問題を根本から変革することは難しいでしょう。
一方で、テクノロジーによって日常的なタスクから解放された私たちには、社会の仕組みや地球環境との関わりを俯瞰し、新たなコンセンサスを築くための時間とリソースが与えられます。たとえば、AIが分析やアイデア創出を支援するなかで、私たちは複雑に絡み合う価値観や利害を総合的に考え、世界規模の調和や公正を意識した合意形成へと踏み込むことができるでしょう。
外部化の先にある共存
セカンドブレインという考え方は、もともと個人の情報処理や創造力を補完する手段として注目されました。しかし、AIの急速な発展によって、「情報の蓄積」から「知能の外部化」へ、さらには「創造性の外部化」へと可能性が広がり、いまや私たちは社会全体をどう作り上げていくのかを問い直す局面に差しかかっています。
こうした変化は、単に「人間が何をするか・しないか」の問題にとどまらず、地球規模で生じている課題をどう捉え、解決策を編み出すかへと直結しています。気候変動や資源配分の不均衡、貧困や紛争など、深刻なテーマは世界中で山積みです。私たちがAIと手を組み、膨大な情報を解析し、多角的なアイデアを生み出しながら、全地球的視野で未来を見据えることこそが、この局面を打開するカギとなるでしょう。
すなわち、
- AIが提供する超人的な処理能力や多元的な視点
- 人間が担うビジョン形成や合意形成のプロセス
- 地球全体が直面する環境・社会的リスクへの意識
これらを組み合わせ、惑星規模での持続と飛躍のシナリオを描く必要があります。そのためには、従来の「セカンドブレイン」に象徴されるような「個人や組織の情報管理」から一歩踏み出し、AIとの共創によって人類社会を含めた地球全体のシステムを再設計する視座を育むことが不可欠です。
最終的に、私たちがどのようにAIを取り入れ、どこへ向かうのかは、単なる技術論を超えた、私たち全員が関わるべき壮大な問いです。地球上のすべての存在が共存し、健全に発展していくという視点からみれば、AIの活用は個のためでも特定の集団のためでもなく、より包括的な価値創造の道具になり得ます。私たちはこれを機に、「情報や知能を外部化する」先にある本質的な未来像をじっくりと描き、AIとの協働を通じてそれを実現すべく行動していくことが求められているのです。
《吉平健治の”最新IT事情”》
◻︎◻︎連載◻︎◻︎ vol.1 ⽣成AIとDAOが切り拓く新時代──キャリア構築と⼈材採⽤の⾰新的転換
◻︎◻︎連載◻︎◻︎ vol.2 生成AIが原因で求人数が減少? 求職者と採用企業に求められる対応策