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アメリカに進出している企業が抱えている課題として、前回の記事(在米日系企業が成功できない根本的な課題① ~駐在型組織の弱点~)では、組織の仕組みに起因する弱点について言及しましたが、今回はさらに踏み込み、戦略やスキームの問題点に焦点を当てていきます。
多くの在米日系企業が直面している問題は、単に組織構造の問題だけでなく、戦略がうまく機能していない事や人員体制の不備にも起因していると考えられますが、それがどういった状況なのか、またどの様に改善すべきなのかを考察しています。
アメリカ市場での売上の伸び悩み
戦略が機能していない組織に共通して見られる問題点として、「ビジネス展開が本来思い描いていた様に行っていない」、あるいは「日本本社がアメリカ市場での戦略を明らかにしていない」事が挙げられます。こういったケースでは、日本側のマネジメントが「アメリカの数字がある程度動いているから良し!」としている様に感じられる事もありますが、そこには見落としがあるかもしれません。なぜならば、アメリカ市場で多少のシェアを獲得しているだけでも、日本から見ればある程度の規模に見えるかもしれませんが、本来のアメリカ市場攻略を考えた場合、そのシェアは非常に小さい可能性が大いにありうるからです。
また、アメリカに進出したものの、現地にある日本企業にしか売上が立たず、アメリカ市場に積極的に攻め込む体制が整っていない事も挙げられます。そういったケースでは、日本から来た駐在員がアメリカの市場に営業をかけようとしている、またはキャリアの若い人を現地で雇用し、育成して戦力化を図ろうとしているケースも見受けられますが、結局は「目指すマーケットを開拓するために必要な人材がいない」という状況に陥っている訳です。
人員のミスマッチ
では、なぜ「日本から来た駐在員がアメリカの市場に営業する」事や、「キャリアの若い人を現地で雇用し、育成して戦力化を図ろうとする」事が問題なのかと言いますと、前者の場合は「一般的に日本人は英会話が苦手」という事や、何よりも「アメリカでは会話の間合いが違う」という部分にあります。また、英語が話せたとしても、ビジネスミーティングにおいて「ご挨拶」という理由で訪問できない事や、アポイントが取れたとしてもミーティング時間を10分―15分しか貰えない事、そして会話の間合いが日本語とは異なるため、アメリカの文化やビジネス慣習、更にはビジネス会話に慣れていないと商談を成立させるのが不可能に近い状況となっています。
後者であれば、アメリカの場合は「既に業界の事を知っている人」あるいは「客先となりうる所とコネクションがある人」が必要であるにも関わらず、「営業経験者ならOK」「日本語スキルが優先」となってしまい、結局本来必要な人材を雇用していない部分にあります。また、人件費を抑えるために新卒者や経験の若い人材を雇用し、育成を経て戦力化しようとする場合において、多くの企業では教育するためのノウハウや体制が整っていないため、それを実現する事は叶わない状況にあります。
人件費予算の不足
「目指すマーケットを開拓するために必要な人材がいない」という事に関しては、もう一つ見落とせない部分があります。それは、「現地で雇用する際の基本給の設定や報酬設計が市場から求められているものでは無い」というもので、つまりはアメリカで必要な人件費が確保されていないという状況です。
例えば、組織に必要な営業マネージャーを採用するには12万ドルが必要になるものの、「日本の基準から見て高すぎる」という事で、例えばその額を8万ドルに抑えようとしてしまう事が多く見受けられます。しかし、8万ドルという給与水準では、必要なスキルと経験を持つ人材を雇う事が難しく、その結果、期待する業績を上げる事が叶いません。また、アメリカの営業職で一般的なインセンティブやコミッション制度を設けていない事も多く、その場合、なかなかやる気を持って取り組んで貰えない事態が発生してしまいがちです。
アメリカ市場で成功するためには、業界に精通し、必要なネットワークを持つ人材を雇うことが重要ですが、例えその人材の給与が高くても、その人材が持っているネットワークと専門知識が大きな価値を生むため、長期的には利益に繋がります。更には、営業マネージャーを管理するためのトップマネジメントも採用する必要が出て来る可能性があり、更に人件費がかかってしまう事となり、そういった流れの採用に二の足を踏んでしまうケースが多々見受けられますが、本来はアメリカ市場で目指す利益を基に人件費予算を組む必要があると考えられます。
Human Resources(HR≠人事)の重要性
日本企業がアメリカに進出する際に最も問題と感じるのは、「労務管理とHR(ヒューマンリソース)の違いが理解されていない」事です。日本では、終身雇用や一斉採用という仕組みの影響で、例えば、採用が単なる作業として扱われることが多く、端的に表現すると、「人を入れるための作業」「人を配置転換する作業」「既存の制度を運用する作業」といった業務と捉えられる一方で、アメリカのHRにおいては、人を採用することは「組織戦略の一部」であり、「戦略的な行動」として位置付けられています。
その一つとして、前述の給与やインセンティブも挙げられますが、他にはベネフィットやキャリア支援なども重要な要素です。例えば、医療保険に関して、日本的な観点では医療保険のプラン選定や加入は「作業」の様なものである一方で、アメリカの観点では保険も戦略の一部として捉えられ、採用とリテンション(従業員の定着)のための重要な要素となるため吟味が必要です。
アメリカにおける従業員報酬の分野には「Total Rewards」という分野があり、どの水準の給与やベネフィット、どういった報酬バランスが競争力を持つのか、またリテンションに繋がるのかという事を考える上で不可欠な要素となっており、HRが常に考えているものになります。(Total Rewardsに関しては「Great Resignation とSalary Transparency Law攻略のために不可欠な総報酬(Total Rewards)」をご参照ください)
アメリカ市場で成功するためには、日本的なビジネス戦略や運営方法を見直し、現地のルールや文化を理解し適応する事が最も重要です。また、組織管理においても日本的な労務管理から脱却して戦略的なHRに移行し、適切な採用プランや制度、そしてリテンションにリソースを費やせる体制を整える事が、成功する鍵になると考えられるため、この機会に皆さまの組織におけるHRの機能や、現在利用されている外部リソースに関して見直されみてはいかがでしょうか。
文章:Kimihiro Ogusu, SHRM-SCP, 中央大学 非常勤講師 (SolutionPort, Inc.)
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