《北米専門家対談》コーナー。今回は、コンサルタント編として、数々の案件に関わってきた経験豊富なコンサルタントのお二方に北米進出に関するヒントを伺い、前・後編の2部立てて掲載する。前半の記事はこちら。
*本対談は、企業概況ニュース2016年5・6月号に掲載された記事です。掲載されて8年経過しているため、アップデートを施した最新版を改めて掲載しています。
<プロフィール>
廣川 謙一 氏
Lounsbury Associates, LLC 代表
http://www.lounsburyllc.com
e-mail : ken.hirokawa@lounsburyllc.com
McKinsey & Company、 GE(米国本社)で事業戦略、M&A、合弁/提携、買収後の事業統合を担当。その後もErnst & Youngにて金融機関向けのコンサルティング業を経て、Lounsbury Associates, LLCを設立。アメリカ企業や日系企業の北米事業に係わるコンサルティングに従事している。金融業界、IT、人工知能、原子力などのエネルギー業界。また、食品、サプリ、化粧品など幅広い業界のコンサルティングの実績がある。2016年より2023年までシンガポールでもスタートアップや大手企業の新規事業のコンサルティングを行なった。
平山 幸江 氏
リテールコンサルタント/リテールジャーナリスト
https://us-retailstrategy.com/
e-mail : hirayama@us-retailstrategy.com
西武百貨店営業企画室、出店プロジェクトにて市場調査、マーケティング企を担当、渡米後は伊藤忠プロミネントUSA (Jクルー・ジャパン)、フェリシモ、イオンUSA調査ディレクターを経てリテールコンサルタント、ジャーナリストとして独立。北米小売業を専門に調査・執筆・講演・コンサルティングを行う。日本経済新聞MJ米国発コラム、ダイアモンドチェーンストア他に執筆。ジェトロ中小企業海外展開現地支援コーディネータ、經消產業大臣登録中小企業診断士、米国プレスセンター登録ジャーナリスト。
この対談が行われたのは2016年初頭。この文章を書いているのは2024年8月。その間に世の中はかなりの変化をした。対談のそれぞれの問いに対し、当然回答も変わってこなくてはならない。個別の回答に関しては、問毎に【アップデート】として追記をしているが、ここで全体的な世の中の変化とその意味合いをまとめておきたい。
Q. ウェブサイトやSNSをうまく取り入れて成功しているケースをお聞かせください。
(廣川)固定客をグリップして離さない工夫が必要です。そのためにはSNSなどでファンを増やす。ホールフーズやトレーダージョーズなどは、SNSやブログなどの使い方がうまいですよね。また日本食のレストランでもSNSやシェフのブログなどで旬の料理の告知などを活用して、ファンに来店させる工夫をしているお店は成功しています。
[アップデート]
(廣川)SNSというより、最近はYoutubeなどの動画をうまく使ったサイトが増えているように感じます。そして、Youtubeなどのコメント欄でユーザーからのフィードバックをもらい、製品やサービスの向上に繋げる。これは食品系に顕著だと思います。New York TimesとかAmerica’s Test Kitchenなどでは、従来レシピーは書き物だったのが、タイミングや焼き加減などもビデオで見せながら作る手順などを見せる。実際に焼いているジュージューという音を聞くと、どれくらいまで焼けば良いか焼き加減も視覚的にわかります。食品メーカーや調理器具のメーカーは、盛んに動画を活用しているようです。
シンガポールでの体験ですが、スタートアップのウェブサイトに動画を組み込むのは、非常に効果的だと思いました。実際に目で確認できると安心感があります。また、最近は動画を作るのに、スマホでも簡単にできますから、最初から専門のカメラマンとか編集者とか、さまざまな機器を揃えるのではなく、お金をかけずにまずコンセプトをスマホで試して、ユーザーの反応を見て、ユーザーがポジティブに反応してくれるまでコンセプトをねる。その上で機材を揃えて、専門家を交えることを考えたら良いかと思います。
そして、もう一つ。動画活用で大事なのは動画の本数。少なすぎると検索に引っかからない。週一くらいで新しい動画をアップロードしていかないと固定客がつかないと思います。
Q. 米国市場での日系企業の存在感についてどう思いますか?
無名でも存在感のある日本の企業がたくさんある
(廣川)どこのスーパーマーケットにも商品が置かれているような、キッコーマンや伊藤園のようなプランドも強く存在感がある企業がありますが、日本では誰もが知る名前の企業なのに、米国では企業名は知られていなくても日系のトップ企業があるんです。たとえば、大塚製薬は「ネイチャーメイド」というサプリメントプランドや、飲料水のプランドの「クリスタルガイザー」などは、大塚製薬の名前を知らない米国人でも知っています。同社は、わざわざ企業名を表に出す必要はないんです。買収で得たブランドをそのまま使い、事業をきっちりと伸ばしていこうという方針なんですね。食品だと源氏寿司やAFCも賢い企業です。企業名は誰も知らなくても「ホールフーズの中の寿司コーナー」として存在を知られています。今年以降も日系企業と米国、菜のM&Aは盛んにわれるという話を聞きますが、被買収企業状況にもよりますが、日本の親会社の名前あえて出さない戦略というのも必要のではないでしょうか
(平山)今アメリカに住んでいて、温冷両用のサーモボトルを持ち歩いていない方を探す方が難しいくらい必須アイテムになりました。KINTOという日本のメーカーのボトルはウォルマートやターゲットでは売られていなくても、ミュージアムショップやスタイリッシュなライフスタイルストアでは販売されています。ブランド名を見なくても、独特にボトルデザインと色合いですぐにわかります。出汁や調味料の茅乃舎は、検索でdashiと入力すると、味の素他の大手と並んで出てきますし、店舗は無いのに、直営サイトやアマゾン上のストアで簡単に購入できます。他にもさまざまなブランドが、当たり前のようにアメリカで簡単に購入できるようになっていて、共通するのは高品質・特徴ある美しいデザイン性・適切な価格でアメリカ市場の熾烈な競争を避けながらも、じわじわと「良いものがわかるアメリカ人」市場に食い込んでいます。
[アップデート]
(廣川)トヨタ、ホンダ、パナソニック、ソニー、キャノンなど日本の大企業で日本企業というより現地で外国企業としてではなく、身近なブランドとして認知されている企業と、それ以外の企業との業績格差が広がっているように思えます。自動車メーカー、家電メーカー、光学機器メーカーなどは日本企業というより、ブランドを確立して、アメリカ国内で身近なブランドになりました。同様に、ユニクロ、キッコーマンなどもブランド確立に成功した企業でしょう。日本企業はもっとブランドを確立することに注力冪だと考えています。
また、目立たないことは逆に良いことだと考えることも大事だと思います。最初から目立つと、業界で競合している企業が対抗策を出してきますし、真似をする企業も出てくると思いますから、進出にはお金がかかります。コソッとアメリカで商品をテストして、行けると見極めたところで、一気に攻めるような方法もありうると思います。
Q. 失敗して撤退していく企業もあります。大きな問題は何だと思いいますか?
[アップデート]
(廣川)まず自社の商品・サービスの顧客がいるか否か、進出にあたって検討すべきだったと思います。シンガポールで現地のスタートアップのメンターをやっている際に、毎回しつこいくらい言っていたのが、100人以上の人に御社の話を聞いてもらって、自分のスタートアップが提供しようと考えている商品・サービスの顧客がいるか見極めろということでした。その際に、商品やサービスがわかるような模型とかウェブサイトのモックアップを用いて、どのような商品・サービスを考えているのかユーザーがわかるようにしなさいということも言いました。ユーザーは実物がわかるようなものをみないとわからないし、今までなかったものは、今までなくても困らなかったので、「いらない」と言う答えしか返ってこないことが多いです。なので、質問の仕方を工夫して必要な情報を取るようにしなくてはなりません。その上で、本当に顧客がいるのか、見極める必要があると思います。撤退する企業はそのあたりの詰めが甘いように見受けられます。
Q. 失敗を防ぐための対策などはありますか?
(廣川)一つの方法は、いきなりニューヨークやロサンゼルなどといった大きな市場に進出する前に、地方で小さく試しみてるとか。米国でも似たようなことはやっています。たとえば、ミュージカルなどいきなりブロードウェイで上演するのはリスクが高い。したがって、ボストンやデンパーなど中規模都市でまず先行興行してみて、どれくらい受けるかテストをします。最終的にプロードウェイにどのようにかけるか、この実験結果を見ながら決めて行く。どのくらいの期間上演するか、観客数の規模などが想定できる。米国の企業でさえ、こういう実験をやっているんです。顧客も慣習も違うアメリカで、日系企業がいきなり大都市市場に出てきて成功したいというのはかなり厳しいです。
(廣川)ニューヨークとボストンとデンバーは、住んでる人の嗜好傾向が似ているんです。そういう客層がある程度似ている小さな都市で実験したらいいと思うんです。それから、ターゲット市場の属性に関しては、大統領選支持者の青(民主党)と赤(共和党)のどちらが強いかを見て同じ色のところで試したら間違いないですよ。
(平山)テストマーケティングは必須ですね。POP-UPストアが増えていますので、郊外のショッピングモールの中で、カート型の小さい空き店舗など一ヶ月単位で借りられるんです。そういうことろで試されてアメリカの費者の好みを知る、という方法はありますね。もちろん、自社のターゲット顧客が来店していそうな米系小売店に卸売り、期間限定販売、も良いでしょう。SNSなどで商品を紹介してライクがたくさんついても、本当に売れるかどうかは試してみないとわからないんですよね。ちょっと修正すれば好まれるのか、それとも全く違うものが良いのか。
[アップデート]
(廣川)アメリカ市場では、日本の業界の常識が通用しないと考えておく必要があると思います。その上で、アメリカの自社の業界の常識がわかるまでは失敗するのは、当たり前だと思う必要があると思います。失敗したら、ちょっと変えて再度挑戦したら良いでしょう。成功するまで試行錯誤の繰り返しになると、覚悟を決めることだと思います。失敗の回数を減らすには、PDCAのサイクルをちゃんと回す仕組みを自社内に整えることと、事前調査で自社の商品が市場に受け入れられるのか、見極めておくことが大事だと思います。
Q. 米国向けに商品改良やマイナーチェンジは必要ですよね。
(平山)アバレルは必須です。まずサイズが違う。もしやらない場合も、せめてサイズの表示の調整が必要です。またデザインや色なども、アメリカ仕様に調整する必要があるかもしれません。他のカテゴリーの商品でも、必要な場合もあると思いますので、これを含めて調査やテストマーケティングが必要です。
(廣川)商品の改良以外にも、売り方も変えなくてはならないですね。スキンケア商品も「皮膚科医がすすめる」といった商品は売れる。米国人はスキンケア製品はセフォラだけではなく、医者のすすめで買ってる人が多いんです。また、米国の医者は、楽品以外にもサプリをすすめることがありますよね。こうなると、医師が商品を認知しているかが重要になります。日本と同じチャネルを構築するだけだと予想している程には売れないことがあります。
[アップデート]
(廣川)実際には、商品そのもののマイナーチェンジは、不要なものが多いと思います。ただし、センチをインチに直したり単位系を帰るとか、英語表記にするなど、周辺のドキュメントなどで修正は必須でしょう。
Q. これから米国進出、または米国に、さらにビジネスの拡大を考えている企業にアドバイスをお願いします。
(平山)やはり、業界によってケース・バイ・ケースなんですよね。「初期投資が高い」「販売管理費が高い」と言い過ぎてしまっても進出しずらくなってしまいます。一歩突っ込んで弁護士や会計士、コンサルタントなど日本にいる間に、出来る限りの事前の調査をしてください。企業によっては社長さんの思い入れが強くて、出張がてらに足を伸ばしたニューヨークで「5番街に出店しよう」と決めるケースもあります。もし社長さんの鶴の一声がきっかけだとしても、出店が決まった段階であらゆるリスクを想定して、ここまでだったら大丈夫という判断ができるような調査を実施される方が良いです。
(廣川)展示会などに積極的にブースを出してみることもおすすめします。昨年、あるロボットのスタートアップ企業を支援して、ラスベガスのコンシューマーエレクトロニクスショーに出店したんです。ブースに人が来て、「こうしたらもっと使い勝手がよくなる」とか、「こういう売り方だったら売れるかもしれない」などといったアドバイスをたくさん貰いました。最終的にビジネス的に成功したという例があります。日本の製品ってアメリカ人は、非常に感心が高いです。ブースには人が寄ってきて、アメリカ人は悪いところや良いところを率直に言ってくれるんですよね。こういう情報を短時間に効率的に、その上事業リスクもなく集められるのは、展示会のメリットだと思います。
それから、先程も述べましたが、いきなり本番ではなく、その前に小さく実験してみてください。事業は、実際にやってみないと分からないことがある。将来的にはニューヨークに出たい、ロサンゼルスで大きく売りたいという目標がある場合、どういう商品でどのような層を狙っているのかをまとめて、類似したデモグラフィックの中小都市を見つけ、商品が市場に受入れられるか、商品の売り方はいいのか等のテストもできます。このような実験をしながら、事業のコンセプトを固めて全米展開を行えば、いきなり大都市に出てくるより事業の成功確率は高められるはずです。
特に日本は胃袋の数が減少に向かい、健康志向で過食が是正されてきています。食品メーカーなどにとっては逆風にかりかねない。同じような課題を抱えた先進国としての類似性に着目して米国に進出する企業はこれからも増加すると思います。企業の事業運営についても、今までは日本の「我が社の実情に合わない」として積極的には採用してこなかった米国的経営手法も、米国事業を成功させる為に積極的に取り入れていく必要もあると思います。
[アップデート]
(廣川)一発で成功できれば良いのですが、そうでなく、小さくテストを繰り返し、小さな成功を積み重ねていけば、間違いなく大きな成功に結びつきます。
ありがとうございました。